井ノ浦佑太 interview

新卒時には自動車ディーラーに就職したが、より多くのお客様の記憶に残る仕事がしたいと、1対多の接客ができる映画館業界に転身。4つの劇場を経験した後、「TOHOシネマズ池袋」の開業副支配人を務め、2021年から支配人となる。

アニメの聖地ならではのGOOD MEMORIESを考え抜く

アニメの聖地と言われる池袋で、後発の劇場として開業した「TOHOシネマズ池袋」。他の劇場とは全く違うニーズを真摯に捉え、TOHOシネマズらしい方法で他社との差別化を図ってきた支配人の胸の内をきいた。

「池袋なら満席になる」と胸を張って言えるようになるまで

「TOHOシネマズ池袋」に着任するまでにさまざまな劇場を経験してきましたが、ここは今までの常識が通用しない劇場だと感じています。

理由の一つは地域性です。池袋はサブカルチャー、とりわけ女性向けアニメの聖地と言われている街で、劇場のすぐそばにはアニメ専門ショップもあります。そうした特性は開業前から理解しているつもりでしたが、いざ開業してみると、他館では満席にならない作品でもここでなら満席になるなど、その影響を実感することになりました。

私自身も映画好きではありますが、女性向けアニメ作品となるとわからないこともたくさんあります。そこで、お客様の感覚をつかむため、徹底して行っているのがSNSでのエゴサーチです。そうやってSNS上のコアなお客様の声を知り、スクリーンや時間帯の決定に活かすことで、普段はお客様の少ない時間帯でも満席になる、という経験をしてきました。

そうした成功体験を経て自信もつき、今は上映作品のスケジュールを決める際、その管理をしている本部の番組編成部の意向と食い違っても、「池袋なら大丈夫です!」と強気で主張することもあります。そういうやりとりを経て挑戦し、満席になったときの高揚感は大きいですね。

「NGと言わない」接客がGOOD MEMORIESにつながる

池袋のもう一つの特徴は、半径500m圏内に、最新設備を備えたフルスペックの劇場をはじめ2つの映画館がある激戦区だということです。そうしたなかで戦っていくには、会員向けサービスであるシネマイレージカードのPRや、他館で上映していない作品の上映はもちろんのこと、TOHOシネマズならではの設備の活用も意識しています。とくに轟音スクリーンは、IMAXやドルビーアトモスなどそれ専用に作られた作品でなくても迫力のある音で上映できる設備で、このスクリーンで上映した音楽重視のアニメ作品が12週にわたって満席を記録したこともありました。

そして何より重視しているのが「人」です。映画の内容はどこで見ても同じでも、上映前のワクワク感や上映後の余韻は「人」がいないと演出できません。そうした空間を作るため、スタッフも含めた全員で意識していることの一つが「NGと言わない」ことです。たとえば当館では、近隣に複数の劇場があるため、お客様が他社の劇場と間違えて来てしまうこともよくあります。そんなとき、単に「うちではありません」と言うのではなく、他社であっても道案内をし、「次の機会にはうちもご利用ください!」と笑顔で一言かけるようにしています。また、アニメ作品の上映に伴うグッズ販売で、ランダムグッズを購入したお客様同士、ロビーで交換会をされることもありますが、そんな場合も「ご遠慮ください」というのではなく、他のお客様の邪魔にならない場所を探して「こちらをご利用ください」とご案内します。そうした経験の一つひとつがGOOD MEMORIESとなり、次に当館を選んでいただくことにつながると思うのです。

GOOD MEMORIESといえばもう一つ、忘れられないエピソードがあります。ある作品の上映に際し、SNSでの熱いコメントに触れ、本部に掛け合って独自にロングラン上映をしたことがありました。途中、来場したお客様に希望時間帯のアンケートを取るなどして上映を続け、直接お客様から感謝の声をかけられたことも。そんなわけで最終回の上映後には、急遽舞台に上がって感謝のご挨拶をしたのですが、そのことでまたSNSでもたくさんのコメントをいただき、「また来ます!」「この先も絶対にここで見ます!」というお言葉もいただいたのです。支配人の挨拶などはマニュアルにないことですが、お客様のGOOD MEMORIESになるのであればと、思い切って挨拶をして本当によかったと思っています。

自ら街に出てお客様を知り、街と連携して付加価値をつくる

SNSの情報も活用していますが、お客様を知るためにはまず声を聴くこと。限られた接客時間の中で目の前のお客様をよく観察し、会話からニーズを引き出すことは欠かせません。さらに「街に出ないとお客様のことはわからない」とも思っています。アニメの聖地としての実感も、近隣他館と差別化するべきポイントも、すべて実際に足を運んでみて感じたことでした。女性ばかりのアニメ専門店にスーツ姿でグッズの売れ行きを見に行く姿は違和感でしかなかったと思いますけどね(笑)。

池袋は、街をあげて振興に取り組むムードが強い土地でもあります。地元の商店やビルが加盟する商店会が熱心で、月に一度、さまざまな業種が集まって行うミーティングがあり、企業や商業施設の枠を越えたイベントも活発に行われています。他社が主催するハロウィンフェスに当社が協賛したことで、劇場を代表して挨拶したこともあります。他の協賛社からは代表者がみなコスプレをして来ていたのに、自分だけ事情を知らずスーツで行ってしまい、慌てて「ビジネスマンのコスプレです」という苦しい挨拶をしたのも、今となってはよい思い出ですね。

「映画館としてどう収益を上げるか」を考えるのは支配人ならではの仕事ですが、より多くのお客様に来ていただくためには、劇場内部だけでできることには限界があります。今後もこうした池袋の「街」としっかり連携しながら、映画館でしか体験できない付加価値を作り出していきたいと思っています。

「利益を生み出す役割を担う」という使命感

木内渚

映画館が大きく変化する時代に立ち会う面白さ

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